松岡正剛

21世紀のアメリカは、女性の12パーセント、男性の6パーセントが抗うつ薬を常用するような、そういう「みんながちょっとずつおかしくなっている」という心の社会になっていた。日本でもうつ病はどんどんふえている。多くの企業では、ある日突然に仕事を休んだり、そのまま会社をやめたりする社員が続出していて、医者に診てもらうと「うつ病です」ということが多い。その数は医師認定がある者で社員総数の10パーセントくらい、潜在的には30パーセント以上にのぼるという。会社にうつ病がふえているだけではない。アメリカほどではないが、日本でも10年以上にわたって毎年3万人以上の自殺者が出ている。「引きこもり」となると、さらにものすごい数になる。やむなく厚生労働省がこれまでの致死率の高い「ガン・脳卒中・急性心筋梗塞・糖尿病」の4大疾病に、新たに「精神疾患」を加えて5大疾病にした。 古来、多くの悲哀や悲嘆が人間の心を苦しめてきた。その逆に、悲哀や悲嘆こそが人間を成長させてきたとも言える。日本でも、古代このかた歌人たちが「いぶせ」な気分を歌っていた。気分が晴れないこと、厭わしいこと、気詰まりなこと、なんとなく悲しいことが「いぶせ」なのである。これはうつ病なんかではないし、プロザックを投じて治せばいいというものではない。もしもそんな処方箋でこれらの気分変調の話をすますなら、古今東西の文学作品の大半は、ことごとく精神障害の記録か、作家たちの妄想だったということになる。